あの、船戸与一氏も絶賛するハードボイルドミステリー作家の荻史朗。
その荻史朗が『週刊実話』で「埋葬虫(しでむし)」のタイトルで52回に渡り長期連載された単行本未発売の長編が、この「射程ZERO(たーげっと ぜろ)」になります。
元やくざの組長でいまは娘と奥さんとつつましくも幸せな生活を送る、新野卓也。48歳になったこわもてオヤジが主人公の本格ハードボイルドミステリー長編。
10年ほど前に、きっぱりとヤクザの世界から足を洗い、某大手建設会社から依頼を受けて不動産の様々な厄介ごとを解決するコンサルタント会社「三栄総合管理システム」の対策課課長として、普通のサラリーマン生活を送る新野。
まったくのど素人の、普通の幸せな家庭をいまは築いて暮らしている新野だったが、久しぶりに組時代に可愛がっていた、今はまっとうな金融屋を経営している中杉と、ピカピカにトイレを磨き上げている、馴染みの焼酎居酒屋で杯を酌み交わす。
そのあとに独りでよった馴染みのスナックで、一見(いちげん)の性質の悪い客と遭遇する。
成り行きで、性質の悪い客、三崎から、スナックを救ってしまった新野だったが、その帰り道に暴走族風の4人の暴漢に襲われてしまう。
恥をかかせた三崎の手先なのか、わからぬまま、新野は簡単に4人を返り討ちにして、その場はなんとか過ごした。
しかし、後日のある日、ドスの効いた声で新野の携帯に電話が入った。
昔世話になった兄貴分が、末期がんで闘病中で余命僅かということを、兄弟分だった中村が伝えて来たのだ。
新野と同じく分家として盃をもらっていた大野組の中村は新野はもっとも信頼できる兄弟分だった。
そして、中国系マフィアらしき組織が日本の組事務所を狙った襲撃事件が次々に起こり、それが本家にも被害が及んだ、ということで、組を10年も前に抜けた新野にも本家の相談役の立場だという、新野とは反りが合わなかった下田が執拗に連絡をしてくるようになる。
そして、新野の思いとは逆に、運命の轍に巻き込まれて行く……。
新野と育った境遇が似ている、スナックのホステスとの縁、あたたかい家庭生活、そして何より、愛する妻と子供を守りたいという想い。
そんな、いまの世間にもっとも必要な人間愛が根底に流れる、ヒューマンストーリーを、ヤクザの世界を通して感じるハードボイルド小説だ。
ハードボイルド的には、中国人マフィアや広域暴力団の闘争、カーチェイスもある読み応えたっぷりの内容だが、読み終わった後に、人間愛とは何かを考えずにはいられない。
単なるやくざモノのハードボイルドミステリーを超えた、ヒューマンミステリー。
ISBN978-4-907957-02-5